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宮本倫和 和みの極み

宮本倫和 和みの極み > りんの連続小説
2010年9月16日(木)

りんの連続小説 第八話

耳が痛くなるくらいの静寂の中、男は目を覚ました。病院の一室のベッドの傍ら、いつの間に倒れていたようだ。朦朧とする意識の中、冷たい汗が全身を包んでいた。

重い体を起こしつつふと腕時計を見た。

男の時計は2時40分52秒をさしたまま止まっていた。一度も止まったことのない時計。正確には今の時間はわからないが外は暗いままである。それほど時間は経っていないようだ。
ゆっくりと立ち上がりベッドの上の男を見た。ベッドの上には旅立った後の男の入れ物というべき器のみが横たわっていた。

そこで男は自身に起こった出来事を振り返った。

確か…

数分前、いや数時間前だろうか、自身に起こったことを断片のように思い返す。視界が歪み立ち眩んだ男を支えた者、咄嗟に倒れ込もうとする体を支えた者、意識を失う前に確かに見たその者は「自分自身」だった。

ありえるはずがない。だが確かに自分を支える「自分自身」を確認した時に意識を失った。何が起こったのか…。想像出来ることを全て並べても答えには到底遠すぎる。ベッドの上に横たわる男を誰が旅立たせたのか。部屋に微かに残る死神の気配は「自分自身」によるものなのか。今までの現象も全てその「自分自身」が原因だったのか。幾通りもの推測を巡らしながら、男は病室を後にした。



2010年9月16日(木)

りんの連続小説 第七話

日に日に色濃くなる別の死神の気配と比例して男は焦っていった。

自分が喚ばれ、そこに辿りついた時には毎回薄らとした「気配」のみを残し、その姿すら見る事は出来ない。
ここのところほぼ毎回この現象が起こる。

自分では無い何者かによって死に逝く者が旅立つことは構わない。ただ自分の存在意義を喪失してしまいそうな状況が許せなかった。「理由を知りたい」。その思いが男を焦らせていた。
ただ日に日にその「気配」が強くなるにつれ、男はそのものと対峙する時が間もなく来る事を心のどこかで予感していた。

街全体が恐ろしいくらい静まり返っていたある夜。
病院の一室に男は立っている。
喚ばれたのである。
男を喚んだ若者は未だ微かな息をしながら薄らと空を見つめている。

「何者か」よりも先に男が辿り着いたのだと、そう思った矢先、
男の視界が大きく歪んだ…。

視界が歪んだのかこの世界自体が歪んだのかわからないまま立ち眩んだ男は咄嗟に倒れ込もうとする体を何かで支えようと手を伸ばした。

ガシッ!

朦朧とする意識の中で、男の体が何かによって力強く支えられた。
男が顔を上げその者を確認するとそこには…


2010年7月30日(金)

りんの連続小説 第六話

少し世間話をした。

二人の間には何十年もの時間差がある。男が人間だった頃の世界と今を生きる女の世界の差である。当たり障りの無い会話の中で女はその時代の違いには気付かない。いつの時代も変わらない部分の話。その後女は傘を男に手渡し手を振って別れた。
またこの橋で顔を合わせることを明らかに心のどこかで期待しつつ、女は笑顔で手を振っていた。手を振りかえす死神は人間だった頃の記憶を薄らと、でも確実に強く思い返していた。
死神になってからはまともに人と話すことなどなかった死神の記憶が、女と交わす簡単な会話によって触発された。

その時から変化が訪れた。

突然の女との再会から身の回りに起こっていた理解出来ない現象が起こるようになる。
いつものように死神を呼ぶ声を聞き、死に逝くもののそばに辿り着いた時にはすでにそのものは旅立った後。横たわるのは魂の器のみである。部屋の片隅には微かにさっきまで何者かがいた気配がある。人間ではないものの気配。自分と似た、死神のような気配。
初めは別の死神が旅立ちの手伝いをしたんだと自分を納得させようとした。
しかし一日に何度も何度もその現象が起こる。
それだけではない、ここのところ死神を「呼ぶ声」の回数自体も上がっている気がした。

別の死神がいる…

自分以外に死神が存在している事は知っている。ただ今まで呼ばれた先に自分ではない死神の気配など感じたこともなかった。

強い違和感を覚える傍ら、死神は自分の過去を思い返す回数も増えた。
死神になってからは思い返す事もなかった記憶。手を伸ばせば届いていた。大切だったもの。自分を包み込んでいた世界。当たり前に続くと思っていた日常。目を瞑り、何度も何度も強く思い返していた。記憶の旅を繰り返し目を開けると自分が死神である事を思い出さされる。死に逝くものを旅立たせる為に存在する死神。近頃頻発する現象は男の存在意義を揺るがしていた。人間では無い自分が存在する唯一の理由がなくなれば存在している意味がない。

理由を突き止めないと…。男は心に決めた。



2010年6月30日(水)

りんの連続小説 第五話

男には理由は必要ない。

以前なら通りを行く人の幸せそうに笑う表情を見るのが辛かった。その幸せは束の間の出来事で必ず終わりが来る、死に向き合わなければならない時にはそのほとんどが消え失せてしまう。そして死神である自分を呪ってしまう。何より自分の運命を呪ってしまう。自分が見たかったのは知らぬ人間の笑顔ではない。一番守りたい人の笑顔は記憶の中で日に日に薄れて行くのみである。流れる時間すら呪いそうになる。全てが意味のない様に感じられていた。考えだすとキリがない。やがて男は考える事をやめた。

そんな中、男は通り過ぎる人達の表情を見ながら街をさまよっていた。明らかに一人の老婆との出逢いが男を変えた。

束の間の幸せの先、例え通り過ぎる人の表情が今幸せを感じていなくてもいつか老婆の様に旅立つのかもしれない。刹那の幸せが続くかは問題ではない。その先にあるものを男は探して歩いているのかもしれない。なぜ自分が嫌いな街を彷徨っているか。
その理由すら男には必要なかった。

ふと立ち止まり見渡す街は男が知る景色とは変わっていた。いったいどれだけの時間が過ぎたのだろう。積もった時間は余りに膨大すぎて振り返る事も出来ない。絶え間無く、少しずつ、確実に変わっていくものがある。そして変わらないものもある。変えられるものと変える事が出来ないもの。眼に映る街の表情だけではない、その裏側があることも知っている。変わり続ける街並みと変われない自分。男は自身が死神である事を痛感しながらまた歩き出した。

そしてまた幾年月が流れた。

その日も強い雨の中、男は小さな橋の上に立っていた。通り過ぎる人達の足音を聞きながら。季節は夏。強い雨のせいか名も知らぬ鳥達の姿は見えない。男は眼を閉じ、ただ聞こえてくる音を感じていた。雨の音、足音、傘に雨がかかる音、話し声。一瞬、雨がやんだ気がした。
すると自分の横に一人の女が立っていた。男に傘を差し出して。

驚いた表情で男は女の眼を見つめた。すると女も負けじと驚いた顔で男を見つめていた。
「あの、傘どうぞ。」
男は何が起こったのか理解できない。
「あの…雨の日はずっとここにいるんですか?」
女は片方の眉を上げ男に問いかけた。
その瞬間、男の脳裏にある光景がよみがえった。
雨の中、傘を差し出した少女の事である。断続的に流れていたかの様に思えていた時間が男の中で繋がった。少女は死期が近い為に男が見えていたのではなかった。少なくとも今また自分に傘を差し出しているのである。

~第六話へ続く~


2010年6月24日(木)

りんの連続小説 第四話

不思議な夢を見た。

男は滅多に夢を見ない。ただ眼を瞑り、無限に広がる暗闇の果てに目が覚める。自分が死神であることに多少の違和感も感じなくなってから夢を見る事は無かった。
ただその晩は少し違っていた。降りしきる雨の中歩き疲れたせいか不思議な夢を見た。曲がりくねった細い小道を一人歩く夢。何処まで続くか先は見えない。歩きながら辺りを見渡すと、絶望の中俯く無数の人影が見える。どれも、いや、誰もが微かに残る記憶の中で見覚えのある者ばかりである。永遠と続くかと思われたその道のさき、ふと金木犀の匂いがした。
男が道の先に眼をやった瞬間、光り輝く一つの細い手が男に差し出される。

そこで目が覚めた。

自分が夢を見た事に対してか、理解出来ない夢の内容のせいか、いつも以上にすっきりしないまま男はソファーから起き上がる。夢の中で漂って来た金木犀の匂いが夢の内容を思い返そうとする男の記憶を優しく包み込んでいた。

ふと自分の手を見る。

死神の手である。死者の魂を旅立たせる為の手。それはその為だけに存在しそれ以下でもそれ以上でもない。何かを守る事もなければ何かを傷つけてしまう事もない。昨日の少女の後ろ姿を思い出し、決して割り切れない思いが胸の中に有る事に気づく。が、それまでである。ただただ自分が死神であることには変わりはない。自分にはまだやることがある。

男は次の仕事の相手があの少女でない事を祈る事しかできなかった。

それから幾年月が流れ、見慣れた街の景色も大分変わった。

変わらず男は死神として死者の魂と向き合っていた。そう、流れるときの中でただ繰り返すだけの作業だった死神としての仕事から、少しずつ少しずつ男も変わっていった。死に逝く者の俯く眼を見つめ、その者が確かに生きた年月を感じようとしていた。人は死に方は選べない生き物である。自分のように突然の事故かもしれない。ほとんどの者が望むままには旅立てない。
ただ、その逆を言えば、生き方だけは選べるのである。その者が生きた道のり、選んだ生き方、他人に与えた影響、その全てを感じる事はできないまでも男は少しでもその断片を自身に刻み付けようとしていた。何が男をそうさせたのか。

数年前、死神として死者のそばに立った男は小さな部屋に横たわる一人の老婆に手を差し伸べた。もの言わぬ表情で相手の眼を見つめながら。普段なら死に逝く者は男の手を受け入れる時には力無く俯きその人生を悔いる。走馬灯のように巡る人生の中、後悔の色に包まれてしまう。ところがその老婆は死神の手を笑顔で受け入れた。言葉は発さなかったがその眼は明らかに男をしっかりと見つめ返していた。男は驚いたがその表情を読み取られまいとただ相手の眼を見つめた。「ああ、この人には少しの後悔もないのか…。こういう生き方もあるのか…」

老婆の魂がこの世から旅立った後、しばらく男は言い表せない不思議な優しさに包まれたまま動けずにいた。

その日から男は少しずつ、少しずつだが確かに変わって行った。

~第五話へ続く~



2010年6月20日(日)

りんの連続小説 第三話

男は死神になった。

男が死神になった時、年老いた死神が言った。
「死神にも終わりはくる。その時がくればお前にもわかるよ。」

男は繰り返し繰り返し与えられた職務を果たす。来る日も来る日も死に行く者のそばに立ち手を差し伸べる。ほとんど全てと言っても過言ではないくらいの者が、旅立つ瞬間その眼に後悔の念を映す。その眼を見つめ優しく手を差し伸べるのである。

男には好きな場所がある。

人間だった時によく来た場所。よく待ち合わせした駅近くの小さな橋。春にはしだれ桜が咲き乱れ、夏にはよく珍しい鳥が見かけられる。秋には満開のコスモス畑が眼下に広がり、冬には枯れた緑が何とも言えない風情を感じさせる場所。何十年経っても変わらない景色。その場所に立つとふと人間だった頃に戻ったように思えるのである。勿論待ち人は来ない。死に行く者以外、男を見る事もない。それでも男はよく時間を見つけてはその橋の上に立ち、ただ流れる川を見つめていた。

三年前の夏

男にとって予想もしない出来事が起きた。雨の中、お気に入りの橋の上に立っていた時のことである。降りしきる雨の音、雨が傘にかかる音、行き交う人達の足音、話し声。その決まって聞こえてくる音の中、自分のそばで歩みを止める足音があった。ふと横を見ると傘を差し出す小さな女の子が立っていた。黒髪が似合う長いストレート髪の少女。辺りを見渡すが明らかにその少女は自分に傘を渡そうとしている。「どうぞ。」少女は男に笑いかけた。「いつも雨の中傘差してないでしょ。」
驚いた男は笑顔でこう答えた。「人を待ってるんだよ。傘は気持ちだけもらっとくよ。ありがとう。」
「変わった人。」と言い残し少女は笑いながら走っていった。男は理解した。その少女も死期が近いんだと…。
死神は生者の寿命を延ばす事は出来ない。遠ざかる少女の後ろ姿を後に、降りしきる雨の中、男は反対側へ歩き出した。

人間だった頃の記憶を思い返していた橋の上、それに無垢な少女の笑顔、突然の出来事が刹那でも男を笑顔にしたのである。小さな少女の笑顔を守る事も出来ない死神である自分にただ無力さだけを感じ、男は雨の中歩き続けた。

~第四話へ続く~


2010年6月16日(水)

りんの連続小説 第二話

男はずっと待っている。

死神である男の姿を見る事が出来るのは死に行く者のみ。繰り返し繰り返し男は死者の魂を旅立たせる。どれだけの時間が流れても男は手を差し伸べ続ける。流れる時間の中、否、男にとっては止まっていると感じているかもしれない時の中、ただ表情を変えず。気が遠くなるような時間の中、男はずっと何かを待っている。男が人間から死神になった時、一つの選択をしていた。

死神には素質がいる。

死者の誰もが死神になれるというわけではない。魂の素質が必要なのである。
男にはその素質があった。人間として一生を突然の事故で終えたとき、男のそばにも年老いた死神が立っていた。手を差し伸べることなくその死神は男に微笑みかけた。その瞬間、男の脳裏に様々な光景が広がった。死神が死者の魂を旅立たせる光景である。その光景が全てを物語っていた。死神の素質がある者は選択できる。死神になるか、死者として旅立つか。男は朦朧とする意識の中で死者として旅立つ事を決めた。

死神になる事は選択できる。

男が死者として旅立つ事を決めたとき、はっきりと恋人の声を聞いた。
事故で横たわる車の中から確かに恋人の自分を呼ぶ声が聞こえたのである。
「そうだ!車にはあいつが…」
霞掛かっていた意識が突如はっきりした。男の魂は車に駆け寄り彼女を見つけた。その横に意識の無い自分がいることも目に入らず。その瞬間後続から別の車が猛スピードで追突してきた。

気がつくと男は病院の一室に立っていた。ICUである。ベットに横たわる彼女には意識が無いが一命は取り留めていた。呆然と立ち尽くす男に年老いた死神が話しかけた。
「助かる事は無い。ただまだ死ぬ事も無い。」
男は死神を睨みつけた。
「お前に何がわかる!」
男の魂は死神の胸ぐらを掴んだ。
「わかるんだよ。彼女にはまだ死神が来ていない。まだ死ぬ事は無いが助かる事も無い。」
死神は男の眼を見つめこう続けた。
「これから数ヶ月彼女の意識が戻る事は無い。何度も死にかけるがまだ死ぬ事は出来ない。数ヶ月間苦しむ事になる。」
男は死神の眼を見つめ、それが真実であることを悟った。
「ただ一つ方法がある。」
立ち尽くす男に死神は言った。
「彼女の死神はまだ来ない。その間死ぬ事は出来ないが助かる事も無い。特別な死神がくれば彼女は苦しまずに旅立てる。ただまだ寿命があるものを旅立たせるには特殊な素質が必要だ。俺には出来ないがお前なら出来る。」
「死神になれば死者として旅立てはしない。この世に残り死神として気が遠くなるような時間働かなければならない。それでも構わないなら…」

男は何も言わず頷いた。

自分が死神になることで苦しまずに旅立てるなら…。一緒にあの世へ行く事は出来ないとしてもそう選択するしか出来なかった。男はベットに横たわる恋人へ優しく手を差し伸べ、笑顔で言った。
「ありがとう」

~第三話へ続く~


2010年6月13日(日)

りんの連続小説 第一話

男は滅多に笑わない。

人に話しかけられても答えない。無愛想である。ただじっと相手の目を見、手を差し伸べるだけである。何かが気に食わないというわけではない。ただ男にとって笑える事が人より極端に少ないだけである。

外見は30代前半、それでもかなり若く見られている。体格はいい方だが運動神経はそれほど良さそうには見えない。奥深くに何かを秘めている感じの眼を除いては外見にはそれほど特徴もない。好んでよく黒い格好をしている。それ以外は至って普通の男である。

職業が死神である事を除いては。

男は滅多に笑えない。

仕事で男は死者のそばに立つ。否、正しくは死ぬ寸前の者のそばに立つ。
死ぬ寸前の者にしか男の姿は見えることはない。男の姿が見えたとき、ほとんどの者が諦めてその色を無くす。その光景の何とも言えない儚さが男が笑えない要因である。じっと相手の目を見、優しくそっと手を差し伸べる。その手を拒む事は誰にも出来ないのである。男が寿命を決めるわけではないが、男によってこの世から旅立てるのである。手を差し伸べ、旅立たせるのが男の仕事。

人の寿命は決まっているというが男にはそれすらどうでもいいことである。ただそばに立って、ただ手を差し伸べるだけ。

男は今までに二度笑った事がある。

二度しか笑った事が無いといった方が正しいのであるが、基本的に表情を変えない男であるがゆえ、二度笑ったことが珍しいのである。
一度目は初めての仕事の時、二度目は三年前の夏。
男は優しく笑いかけ、手を差し伸べた。

初めての仕事の時、相手は男が人間だった時の恋人だった。元来死神の初めての仕事の相手は人間だった時に深く関わった人物である。肉親である時も有り、男のように恋人の時もある。そのため死神は全て、愛を知っている。知っているからこそ笑えなくなったのである。

~第二話へ続く~